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整理整頓‐オフィス編

オフィスを整理し整頓するには、2つの方法が考えられる。オフィス自体を整理整頓向きに構築するか、それとも徹底したペーパーレス化に移行するか、である。

オフィスが、主として人的配置や空間の効率的運用、はたまたパソコンのケーブル回しの利便性などを顧慮されて構築されている場合、当該空間の組織上の統率者の性格によって整理整頓の質が決定されることになる。従って、このような場合に、統率者の性格に整理整頓の質が決定されないようにするためには、ペーパーレス化を基調としたオフィス運営を徹底せざるを得ない。一方、オフィスの空間設計を、人間の協調性と孤立性の微妙なバランスのもとで構築されている場合、別の言い方をすれば、他者に依存しながらも空間的に他者から開放されるようにオフィスが設計されている場合には、整理整頓の問題は、オフィス内の各個人の問題に帰着する。要するに、統率者が几帳面な性格かどうかで、オフィス全体の整理整頓の質が変わってくるのだ。そして、幸か不幸か、どのような整理整頓術も、統率者の性格の前には、画餅となる。そこで、オフィスの配置を変えないならばオフィスのペーパーレス化が必要になり、他方、配置替えが可能ならば、協調性と孤立性のバランスを各構成員の性格を考慮しながら、オフィスの人的物理的配置を考えることになる。

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整理整頓‐書類編

書類の整理整頓は、当該書類の種類や性質で、整理整頓の仕方が異なってくる。

ところで、書類の整理整頓法においては、いわば分類法といえる方法がとられることが多い。これは、書類の種類を、仕事か趣味か、仕事であれば提出先や内容別などで分類し、かつ、書類の性質で緊要度別に分類するのである。しかし、分類は細分化すればするほど、アウトプットが楽になる反面で、インプットが煩雑になりがちだ。どこに何をどのように整理し整頓するかを細分化して分類すれば、きりがなくなるのである。ここから、書類における整理整頓法を考える場合には、インプット、アウトプット両者をいかに楽にするかという観点から考える必要があることになる。まずインプットを楽にする方法について考えてみよう。インプット、すなわち書類を集めて整理整頓する局面において重要になるのは、どんな情報だったかが後で分かるような「印」をつけておくことと、置き場所の特定である。これらに関しては、「整理術」と題する書籍が多く出版されている。

しかし、個人的には、どの方法にも与さない。なぜなら、どの方法も長続きさせるには、面倒な作業が多過ぎると感じているからである。入力の手間から考えると、手作業での整理整頓が最も大変である。次に、整理整頓自体をパソコンにデータベース化することも、やはり入力の手間がかかる。もっともアナログの手作業よりも、デジタル化した方が都合のよい場合が多い。そこで、デジタル化するにあたり、入力作業が出力作業より簡単なものがあるだろうか。ある。それが、デジカメによる書類の整理整頓術である。整理はキーワードを入れて撮影するだけ。整頓はデジカメのボイスレコーダーを使って、整理した書類フォト上に置き場所を記録しておく。その際注意すべきことも声で記録しておく。デジカメであれば、一覧表示が可能な上、日付も自動で付される。さらに、撮影順に並んでいる。増え過ぎればパソコンに転送すればフォト管理ソフトがデータベース管理ソフトに早変わり。

デジカメによる書類の整理整頓術はお勧めしたい書類管理法である。

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捨て方の秘訣‐整理整頓

整理整頓の理は、捨て方にある、と言えるほど、整理整頓と捨て方の間には深い関係がある。一般に、捨てる対象になるものは不要なものである。しかしながら、その「不要なもの」という評価は、捨てる者の主観による場合が多い。客観的に見れば、利用価値の低いもの、交換価値のないものでも、人は、往々にして、主観から「捨てられないもの」との判断を下す。従って、このような場合は、整理整頓は、単に、捨てないで、並び換える、置き換えるという作業となる。

思い出の品というように、そもそも価値基準自体が純粋な主観に依存するものを別にすれば、一般に物には使用価値と交換価値というものがある。これらの価値を、個人が純客観的に決めることは、高価な物であることが明瞭である以外は、主観が介入してくるものだ。「いつか使うかも」、「後で売れば高くなるかも」という表現は我々が日常よく使うものであるこれは、客観的には無価値な現在価値を、主観的に将来の期待価値に転嫁するという、一種博打の心境に似ている。当たる可能性が、外れる可能性に比べてはるかに低い、という言葉が、「捨てられない」気持ちに作用して、主観的にも「不要」という判断を下すようになれれば、それがきっかけとなって無用の長物はどんどん反故されうる。変わりやすきは女心と秋の空、というが、変わりやすいのは単に「女」心だけではあるまい。主観はいつでも変化とは表裏一体の関係にある。そろそろあなたも整理整頓を捨て方から見直してはどうだろう。

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整理整頓‐キッチン編

キッチンの整理整頓に関しては、個人的には独自の考えを持っている。キッチンは通常の意味での整理整頓をしないことで、かえって固有の整理整頓がなされる場所だと考えられる。つまり、片づけないことでかえって存在感が出てくる、住まいの中でも希有な場所、それがキッチンなのである。もっとも、これは何も食べ終わった皿類をそのまま流しに放置するとか、切り残しの野菜くずを俎上に放っておく、というのが様になる、というわけではない。雑然と散らかしておくこと、それはどんな意味においても単に整理整頓ができていないということにとどまる。

ここで、整理整頓しないことがかえって整理整頓になるというのは、いわばむき出しの整理整頓のことを差す。すなわち、包丁は壁に備え付けた磁石棒に貼り付け、鍋フライパン類は西洋料理店の厨房よろしく壁掛けむき出し。皿類も仕舞わず立てかけておく。そんな具合に、キッチンを「整理整頓」するのである。個人的には、そうすることでキッチンがキッチンらしくなる、キッチンが生きてくると思っている。皿鍋包丁フライパン、スプーンにホークにフライ返し、どれを取っても、キッチンを飾り立てぬものはなし。男子厨房に入るべからず、は、今の時代もはや流行らぬ死語に近いものだと思っているが、それに変えて、皿鍋スプーンは食器棚に入れるべからず、というのはいかがなものか。

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整理整頓‐机編

机の上の整理整頓は誰もが一度は悩むものだ。机の引出しについても、ことは同様で、習慣によっておおよその中身が決まってはいるものの、雑居感は否めない。これは、机の定義が確立していないことが理由と思われる。通常の家庭では、キッチンテーブル、応接テーブル、座卓などさまざま机に類するものがある。しかし、その中にあって、勉強部屋の勉強机、書斎の机に関しては、如上のものに比し、定義が曖昧になっていると思う。個人的には、これらの机を作業に使うためのものと定義づけている。

一般に、作業とは効率性を尊ぶ行為であるから、机自体が作業効率を高めるような作りになっている必要がある。そして、作業効率を高めるためには、無駄を省くとともに、必要なものがすぐに見つかる環境である必要がある。従って、まず机自体の大きさ及び高さが作業に最適なものであることが大切である。次に、引出しの内容物が外から見えること。引出しの内容物が見える、ということは、とりもなおさず整理整頓がしやすいということである。机の整理整頓の秘訣は実は引出しの内容物の可視化にあったのだ。このように机の整理整頓を作業効率から定義づければ、机の作り方、もちろん引出しの形態も自ずと変わってくるに違いない。そして、願わくば、これが机上の空論でないことを祈る。

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